菊池寛(きくちかん) 勝利の女神が微笑んでくれたな 芥川龍之介の友人であり、芥川賞創設に尽力した
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実之助どの。御覧なされい。二十一年の大誓願、端なくも今宵成就いたした
二人はそこにすべてを忘れて、感激の涙にむせび合うたのであった。
されど戦場の敵は私の敵に非ざれば、恩を施せしなど夢にも思うべきに非ず。
一緒に死ぬと云ふ事が、苦痛でも何でもなくなつた。彼は女を心から愛しながら、死ぬ事を何よりも幸福だと思つた。女も、男に抱かれながら死ぬ事を、思ひ掛もない幸福だと思つた。
なんでも正気にしたらええかと思って、苦しむために正気になるくらいばかなことはありません。
全ての人間が狂っていると仮定したらどうだろうか?
彼らを正気にする、そんなことをしてどうなるのか?
苦しむだけではないのか?
むしろ一緒に狂えばいいんじゃない?
そうだ。凡ては金だ。金の力さえあればどんな事でも出来る
画などと云うものは、男子が一生を捧げてやる仕事では決してないのだ。云わば余戯なのだ。なぐさみなのだ。
とにかく、自分が、書きたいこと、発表したいもの、また発表して価値のあるもの、そういうものが、頭に出来た時には、表現の形は、恰も、影の形に従うが如く、自然と出て来るものだ。
そんなら、何処で勝つかと言えば、技巧の中に匿された人生観、哲学で、自分を見せて行くより、しようがないと思う。