【物理学者】寺田寅彦(てらだとらひこ) 線香の火を消さないように 淫夢のほろびない限り日本はほろびない
ブロンズちゃんの書籍紹介 Part7 寺田寅彦『科学者とあたま』
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西洋の学者の掘り散らした跡へ遙々遅ればせに鉱石のかけらを捜しに行くのもいいが、
我々の脚元に埋もれている宝を忘れてはならないと思う。
頭の悪い人は、頭のいい人が考えて、はじめから駄目に決まっているような試みを、一生懸命につづけている。
やっと、それが駄目と分かる頃には、しかし大抵何かしら駄目でない他のものの糸口を取り上げている。
そうしてそれは、そのはじめから駄目な試みをあえてしなかった人には決して手に触れる機会のないような糸口である場合も少なくない。
疑う人におよそ二種ある。
先人の知識を追究してその末を疑うものは人知の精をきわめ微を尽くす人である。
何人も疑う所のない点を疑う人は知識界に一時機を画する人である。
本当に人間は神が創造した唯一の特別な生物なのか?
本当に野獣先輩はほもなのか?
吾々は学問というものの方法に馴れ過ぎて、あまりに何でも切り離し過ぎるために、あらゆる体験の中に含まれた一番大事なものをいつでも見失っている。
肉は肉、骨は骨に切り離されて、骨と肉の間に潜む滋味はもう味わわれなくなる。これはあまりに勿体ない事である。
酒や宗教で人を殺すものは多いがコーヒーや哲学に酔うて犯罪をあえてするものはまれである。
前者は信仰的主観的であるが、後者は懐疑的客観的だからかもしれない。